摂食障害:フェミニストの提示するパラダイム

患者はむしろ、女の子らしくあれというメッセージによって過剰にジェンダー化されてしまった女性だということにあります。彼女たちは、自立を志向しながら、一方でいい子で、反抗することを自ら禁じ、非難されることを最も恐れる女性なのです。
(中略)
パラダイムを変えれば、治療法はみつかります、患者たちは過度にジェンダー化され、他人の非難を恐れ、自尊感情が低いという女性の特徴を全て持っています、女性的ジェンダーから解放されるためにエンパワーメントされていけば、時間はかかりますが、症状はなくなっていきます。
小倉千加子セクシュアリティの心理学』;p36-37)

ここで、摂食障害の治療において女性的ジェンダーからの解放、そのためのエンパワーメントが鍵となるわけだ。しかし、小倉はこの記述以前に

女性が、男性の欲求を満足させる役割をあてがわれている社会である限り、自尊心の低い「依存的な女姓」も名誉男性になる「悪質な女姓」も、そして自傷摂食障害に陥る「苦しむ女性」もいなくなることはありえないでしょう。あるいは、ジェンダーのカテゴリーに沿って父親か母親のいずれかに幼児を同一化させていく近代家族制度(父がいて母がいて子どもがいるのが「普通」の家族と思い込ませる制度)が存続する以上、自尊感情の高い「自立」した「健康な女性」が、たくさん生まれてくる可能性は少ないでしょう。
(同上;P22)

というように、近代家族制度が存在する限りは、自尊感情の低い女性が存在し続けると述べる。
つまり、自傷摂食障害の原因は、近代家族制度による女性の自尊感情の低さにあり、その治療法は女性的ジェンダーから解放されること、そのためにエンパワーメントされることにあるのだ。
しかし、近代家族制度が存在する現状で、女性的ジェンダーの解放とは、エンパワーメントとは、どういったこと、状態を指すのだろうか?男性並になることだろうか?世間から断絶して個を主張することだろうか。果たして近代家族制度から逃れられるのか?

女性のジェンダー化は近代家族制度にあるというが、具体的に女性がジェンダー化されるメカニズムについてアメリカの心理学者ドロシー・ディナースタインによると「女児は、同性である母親との同一化を通じ、母子関係における『良い』部分も『悪い』部分もふくめ、自分自身の力に不信感を持つ」*1のだという。
つまり、「女児は母親と同一化することに、同一化そのものが与える内的・外的報酬によって快感を持つと同時に、同一化している女性という階級の地位の低さに不快感を持」つのだ。よって、母親を愛しているのと同じくらい、母親への同一化によって「自己抑制」のジェンダーがもたらされたことを憎んでいるという。※とりわけ、同一化の対象が母親なのは、近代家族において養育者は専ら母親にあることにある。
つまり摂食障害は、母親と同一化し、母親の期待(社会の期待=女の子らしくあれ)によって過剰にジェンダー化され、その一方で自立を志向する女児が、自身の感情の噴出を抑圧するために、自分の身体をコントロールするしようとして起こるのだ。

確かに、近代家族制度が引き金となった摂食障害という病気に必要なことは、その元凶となった近代家族制度の制度の解体にあるし、これと同時に、当事者自信がジェンダーからの解放にあると思う。このような大枠からの考察は、この摂食障害という一見個人的な問題を社会的なものとすることで、自尊心の低い当事者がこれ以上自分自身を自責することから解放し、また、問題化を通じて近代家族制度の限界を明るみにし、様々な分野から取り組みが進むことになるだろう。
しかし、実際に個々の摂食障害の治療の第一歩(きっかけ)に必要なのは、母の謝罪と承認である。これは摂食障害という病気を考えるにあたって、どこから見るか?という問題であるが、治療という面から、当事者の立場から考えるとしたら、私はこの母子関係という部分にまず注目したい。母に同一化することによって自分自身を定めていた女児は、母によって解放されなければならない。治療には、直接的な原因である母への同一化(ジェンダー化)を否定する、つまり患者にとってのモデルであった母親によって患者自身が肯定されることによって同一化の構造が破棄される必要があるのではないだろうか?
http://d.hatena.ne.jp/chidarinn/20050302 で紹介した『食べない心と吐く心』で強調されている、多数の治療過程に見られる患者と母親との和解は、近代家族における母子の同一化のメカニズムを把握しての治療法ではないかと思う。

*1:男児は、彼ら自信の女性性および母親との初期の同一化を拒絶し、自己の「良い」部分と「悪い」部分を抑圧する。その後成人すると、彼らは抑圧された女性との同一性が顕在化するのではないかと、女性と親しくなるのを恐れるようになる。さらに、彼らは女姓(妻や恋人や一般女性)に「良い」部分と「悪い」部分を投影する。彼らは以前に支配できなかったものを支配しようとする。彼らは女性を政治的、心理的服従させることによって、母親の力を拒絶する。」