So tired

欝とか引きこもりとかそんなんじゃないんだけど、出来る限り一人でいたい今日この頃。
わずらわしいことから遠い場所にいたい。
だけど、仮想空間からの応答義務が、現実の私を支配する理不尽さ。パノプティコン的な二つの空間に管理され、精神は支配され、すぐにその場所―しかし「場所」などない―に引き戻されてしまう。
限られた情報に規定されたバーチャルな私に代わって「私」が返事している気分が払拭できない。自分で提示した自己の情報にも関わらず、コミュニケーションしながら「私」は一体誰なんだ?と思っている。
ヴァーチャルな空間では多様なアイデンティティを構築できる、多様なアイデンティティの戯れだ、なんてポストモダン的メディア論は言うけれど、あまりにもユートピアすぎる。アイデンティティの間で、仮想と日常との間で引き裂かれることは考えないの?
あ、そうか、間違っていた。
上の条件満たすにはネット上で匿名であるべきだったんだ。
私はそれは出来なかったわけだ。ネットデビュー当初はほぼ匿名だったが、ネットに長くいるに従って空間越境的に多様な自己が形成されてゆくこととなり、しかし同時に、それをリアルな自己に合わせたいという欲求から、表出される自己を言葉を用いて修正してきた。つまり、リアルとバーチャルの間の調整を欲していたのは自分であり、それに伴う苦痛や煩わしさを厭わないほどの重要性を感じていたということになる。
そして、今は、その努力をしたくない、ということだ。
ネットでの私がすべて現実の「私」に落ちてきて、いくつもの私が振ってきて、ほんとうに煩わしい。センシティブすぎるかもしれないけど吐くよ。
ほんと、「私」は「私」一人だけ存在すればいいのなら、
いっそどちらの世界でも名前のない透明な透明な存在でいればよかったのかもしれない。

モデムを引きちぎって、携帯電話を投げ捨てて
日常のインターネット化に歯止めを掛けられるなら、すぐにでもやるのに。
でももう遅いなぁと思う。


少なくともテスト期間中の彼にはやつ当たりしないようにしよう…。