ネットカフェとサイバー・フェミニズム

私の好きな話の一つに、世界初のネットカフェ「Cafe Cyberia」は、1994年、サイバーフェミニストのEva Pascoe(当時29歳)によってロンドンに創業された、という話があります。Pascoeはロンドン大学の博士課程に属し、認知心理学を専攻していました。
「Ms. Pascoe, who calls herself a cyberfeminist, modeled Cafe Cyberia after a project in which she studied how women interacted with computers. Her goal was to encourage more women to become Internet-literate.」というように、90年代当時、既にインターネットと女性の関わりについて学ぶ機会があったという時代背景にまず驚くのですが、女性のインターネット・リテラシー向上の必要性を感じるだけでなく、改善のための方策を考え実践しさえする行動力に感心するわけです。しかし、実際のところは、目論見が外れ、男性の客が多かったというそうですが…。フェミニズムとネットカフェが深く関わっているなんて、サイバー・フェミニズム、発想としてエキサイティングでしょ?*1
90年代のサイバー・フェミニズムでは、女性とインターネットは、非常に親和性が高いと考えられ、インターネットカフェという空間は、女性のインターネット利用を促すという目的のほかに、「女性に新たな機会や意見表明の場がもたらされる」*2ことを期待したものであったようです。
当時、サイバーフェミニスト(主にセイディー・プラントと、その著書に影響をうけたフェミニストたち)、インターネットの「分散型で非線形の世界」や「匿名性」といった特性から、これまでの技術における技術と男性の特権的関係が切れたとみなしました。彼女らはこれまでの第二派フェミニスト的な感覚は持ち合わせていないものも多く、単にネットの世界の匿名性に基づく自由を謳歌し、実験的なフェミニズム活動をするタイプの活動家・芸術家たちでした(リベラル・サイバーフェミニズム)。サイバーフェミニズムのインターネットやPC技術に対する理解は、労働現場におけるソフト化は女性に適しているとか、女性の存在のあり方がITの動的な変化にマッチするとかとか、多くが技術決定論に基づいた主張をしていました。しかし、そのように民主的で自由なインターネット空間にも、実際にはマスキュリニティは存在していたため、結局ユートピア的インターネット像を断念し、反対に、より本質主義的なフェミニズムへ傾斜したのでした(ラディカル・サイバーフェミニズム)。
このときフェミニストたちが見落としていたのは、インターネット、PCが実際に設置されている空間の社会的文脈についてなのですよね。もしかしたら本当にPCの技術的特性は女性的だったのかもしれませんが、しかし、PCを作ったのも、使うのも主に男性だったという現実世界での利用者側の権力構図と、技術の女性的な特性とは別の問題であるわけです。技術が女性的だから女性が優位なのだとしても、その前に、女性が使う側に参入するだけの理解、様々な資源や環境が必要であるという問題が存在するはずでした。しかし、情報革命、情報化社会に熱狂するあまり、情報以外の要素に注意が向けられませんでした。

最近の記事ですが

急増しているネットカフェや漫画喫茶のイメージチェンジが進んでいる。会員制と連動して未成年を有害サイトから切り離し、なるべく個室を少なくして死角の少ない空間作りに力を入れる。ビリヤードや高酸素ルームなどの癒やし空間をねらう店も増えた。「犯罪・非行の温床」という、これまでの一部にあった世間の厳しい視線を打ち消し、一層の市場拡大を狙う。

日本では、ネットカフェや漫画喫茶は、サイバーバーフェミニズムが目指したような女性同士のリアルなネットワークは存在せず、むしろその空間のつくりから、個人間のネットワークは男女に関わらず完全に断絶しています(ペアシート席内では別でしょうが)。そればかりか、重苦しい、危険なイメージが存在しているわkです。この原因は、犯罪を誘発するべく陰湿な空間のつくり、長時間の営業時間、歓楽街に立地といった社会的・文化的な背景と、個人を特定されずにネット利用できるといった技術上の問題の両方が密接に関わっているのでしょう。多分ね。ネットカフェや漫画喫茶の歴史や立地など、技術を文化の中で捉えなおしながら調査・研究してみると非常に面白い結果がでてくるでしょうね。誰かやっていますか?

*1:http://www.nytimes.com/2004/09/06/technology/06cafe.html?ex=1162008000&en=fdbf019f745b9f16&ei=5070 http://blog.japan.cnet.com/umeda/archives/001600.html

*2:ジュディ・ワイスマン、お茶の水女子大学ジェンダー研究センター(IGS)主催 第21回夜間セミナー 2006年10月24日「Comuputer Culture:Living in Cyberspace」