結局なんだ?

性自認はどんな形であれ、ある。無い人はいない。
無いというのは「性自認」というものを知っているから、その中間的立場を取りたくていっているのにすぎなく、では、その性自認の無い状態を「性自認」という言葉を使わずに説明できるのかというと、できないじゃぁないか、と思う。

だから、みーんなみんな自分の身体的な性別をすきでも嫌いでも、それと付き合っていかなくてはならないし、目をそむけられない。でも、自分の身体を意識しなくてもいい方法はあるし、身体自体を変えることだってできる。生きやすいやり方を取ればいい。自分には性別が無いなどと中立的な立場を取ろうとして、性別の間で悶々とするよりも、積極的に相互を理解していけばいのではないかな、と普通に思う。