エクリチュール・フェミニンについてのメモ

メデューサの笑い

メデューサの笑い

本書は、「メデューサの笑い」(1975)、「去勢か斬首か」(1976)、「新しく生まれた女」(1975)、「エクリチュールへの到達」(1977)を含むエッセイ集。

とりわけ「メデューサの笑い」は『アルク』誌61号(1975年)「ボーボワールと女性の闘争」特集号に発表されたもので、シクスーのエクリチュールフェミニンに関する最初の論文。
「女性的エクリチュール」がもたらす新しいテクスト世界を展望し、沈黙を強いられている女性に対して「書きなさい」と後押しする、啓蒙的、ユートピアマニフェストだ。


シクスーは全体を通じて、女性性に基盤を置いたエクリチュール、あるいは女性性を描くエクリチュールエクリチュール・フェミニン、女性的エクリチュールといったように表現を一つに固定化していないが、これら女性的エクリチュールとは、具体的にどのような様相を呈するのか。シクスーの文体自体、非常に難解で、読み手ごとに解釈が異なってしまうという。こうした、女性的エクリチュールが持つ特徴を兼ね備えているシクスーの文体を参考として、女性的エクリチュールの特徴のいくつかをあげると以下のようになる


①多義的なエクリチュール
 男性の性:ペニスという一極集中 → 男性のエクリチュール:一義的・直線的
 女性の性:肉体全体が性感帯   → 女性のエクリチュール:様々な意味を持つ
②男性的エクリチュールのように客観的・一般的なものを目指さない。
 ・女性的エクリチュールは、書き手の話−歴史(イストワールを含む)
 ・女性と内なる女性を認める男性は言葉・言語活動の中に自分の身体を投入する。口先だけの話はしない。
③女性的エクリチュールは「始まり」を内包する
 一方男性的エクリチュールは「起源」を問題とする
④新しい観念を表現する造語の多様


女性性を男性性に対する劣等性としてではなく、むしろ優性として転換しようとする実践は、女性性を肯定化し女性や抑圧されているものの解放に繋がる。実際、このユートピア的主張は70年代の欧米世界で盛んに議論され、また、様々な女性のテクストが出版される契機になった。しかし、エクリチュール・フェミニンを生物学的決定論に基づく新・女性主義として、その危険性を指摘もされている。