入社して1ヶ月が経過。

または
就職活動を始めてから2ヶ月経過。
短いようで長かったこの2ヶ月。
私が「就職」というものを意識するようになったのは、ほんの最近の事。
しかし、就職活動は私の就業意識を大きく変えるだけの影響力を持っていたね。
だから、どう私か変化したのかについて、記録しておきたいと思って。
また、大学院生の就職を支援すると言う、自分の仕事にいかせるという意味で有意義でもあるし。




思えばそれは、2月14日の夜。
当時、私は、2日前に修士論文の審査会を終えたばかりで、3月初頭の博士課程の入試に備えてプレゼンの準備に取り掛かろうとしていた。
そんな時、私は1つの記事を見てしまった。

「文科省は粗製濫造博士号という誹りをこれ以上広げるのか 図書館サービスの拡充なくして文系博士号の「増量」は暴挙」

そこに書かれていたこととは、大学院には現在

  • 図書館サービスの充実なくして、修業年限内の博士論文合格はあり得ない
  • 大学間格差があり、人文系で博士号を取っても、決してアカデミックポストへの就職は約束されない

という現状があるという。
確かに既に実感していた。実際、私は自身の大学の図書館よりも自宅の本棚のほうが充実していたため、大学にほとんど行かなかったし。

そして、筆者はその状況に対して

誰が 大学院修了時には数百万円の借金を背負い、しかも年齢が高くなってるので、普通の就職ができず、アカデミックポストが極端に足りない状況に、進んで身を置くのだろうか。有望な若者であれば自分の能力を正当に認め、能力に見合う賃金を払ってくれる場所に行くだろう。博士号を取れるのは通常でも27歳。海のものとも山のものともつかぬ状態に5年を費やすよりは、その前に稼いでおくことを考えるだろう。

と述べている。

これを読み、私はあまり深く悩んだわけではなくて、直感的に
「あ、私このままだとやばいな。」と思ったんだ。
それは、自分の能力的にも、今いる環境的にもという意味でもあるんだけど、それはこの記事を読む以前から「やばい」と自覚していたわけで、今に限っての焦りではない。私を不安にさせ、焦らせたのは、順調に卒業できても卒業時は「27歳」という事実だった。そのまま大学に残れればよいが、そうではなく民間企業に就職するのだとすれば、「27歳を新卒で受け入れてください」と真っ向から就職活動しようものなら、非常にリスクが大きすぎる。受け入れてもらえるのは派遣社員契約社員か。はたまたネオニートになるか。私は、自分が27歳になったときの選択肢の狭さに愕然とした。


(続く)