明治期共学・別学論争にみる女性観

日本教育会雑誌 第60号に小学校における男女共学についての討論が特集されており、それを今見ているのだが、気になったことがあったので書いておく。自分用メモ。
「女らしさ」「男らしさ」というものは時代としてはいつごろから人々の間で問題とすべき事柄になったのだろう。狩猟採集時代において男女で役割を分担したころから?衣服など装飾するという概念ができたころから?
明治時代における女らしさ男らしさというものは、それ以前の女訓が徳育の参考書として用いられていた江戸時代から引き継いだものと新たに西欧の男女観を輸入したものとが混合しあい、様相を変えた。そしてまた、この時代に作られた女性観は今後の日本、つい最近まで少しずつ姿を変えながら、そしてそれは疑われることなく時代に対応していった。男女観が男女共学の可否について検討するためになされた男女の違いの分析に、現代で納得してしまう人もいるかもしれないようなことばかり書かれていた。面白いから箇条書きしておく。


・女子は男子に比べ感情的で発達も早い
・男子は女子に比べ知力、特に推理断定の力がある一方、女子は推理断定力に欠けているので嫉妬深く、迷信のようなものを過剰に過信しやすく、視野が狭く、言葉の多い小言をいう。
・父が子を愛するのは母が子を愛するに及ばないが、男子は国家天下を愛することに長けている
・男子は心が強く、気は猛く、出迎える敵には臆せず、身を立ち名を上げる
・女子は衣服や容姿によくきづくが、男子は言論をよく聞き取り取捨選択の判断を下す
・男の知力は情の上にあり、女の情は知力の上にある
・言容動止戯遊などにも柔剛の別がある
・男子の忍耐が心地堅固恒定だというのは女子に勝る
・これらの違いは男女が成長して見えるものではなく、押さないときからすでに萌芽しているの
・(イギリスのベンサムを引いてきて)女子においてはその幼少のときがもっとも女子の固有する短所が顕著になるという



江戸時代の女性=無能・無知とする考えが西欧的男女観と融合して、男女の違いを二項対立的におさえている。
『話をきかない男と…』みたいに科学的根拠をあげていないことから、社会的習慣的に信じられていることと”現実”とがほとんど重なっている。