言論の形成とインターネット

この手のナショナリズムや反フェミニズムがネット上で頻繁に見られるのは、それは単に社会情勢の反映なのか、それともネットというメディア・テクノロジー自体に、ナショナリズムや反フェミニズムを醸成するメカニズムが組み込まれているからなのか?この問題はすでに誰かが解いているのだろうか。
http://d.hatena.ne.jp/kenjiito/20050813/p2

吉田純は『インターネット空間の社会学』(2000,世界思想社)の中で、<仮想社会>一般の社会学的モデルを、ネットワーク性、匿名性、自己言及性の3つの側面から検討している。
インターネットはそれ以前にネットワーク形成の主流であったパソコン通信に比べて、非常に高度なネットワーク性があるのにも関わらず、一方向性が強いため*1、より双方的・他方公的なコミュニケーションとなって新たなネットワーク形成がされるわけでは必ずしもない、ということに注意しなくてはいけないという。
なぜなら、ネットワーク性の本質は、
「既存の社会関係を組み替え新たな社会関係を形成するという点にあり、その意味で<現実社会>の存在を前提とし、<現実社会>との関係においてのみネットワーク性は成立するから」(P64)である。
また、インターネットの一般的普及によって、匿名性ははるかに拡大したといえる。
以上より、ネットワーク性の実現のためには、個々の自己言及的リアリティを持った仮想空間を分節化してゆくことによって、匿名性をコントロールしてゆくことにあるのだ。
よって、
「たとえ、<仮想社会>が<現実社会>からさらに距離をとり、その独立性を強める場合であっても、やはりそれは<現実社会>と無関係なままではありえない。<現実社会>はすでにそれ自身のうちにリアリティの多元性を含んでいるのであり、その多元性の中に<仮想社会>の多元性の幅がさらに広がるという視点がむしろ必要であろう。」(P91)
「<仮想社会>を社会学パースペクティブの中にどのように位置づけるのかという問題を考える場合、<仮想社会>と<現実社会>を実態的概念とし両者の二項対立を前提とするのではなく、両概念をあくまで分析概念として、二つの<社会>の相互浸透を捉えうる方向に視点を設定しなければならない。」(P92)

よって、最初に掲載した疑問を考えるためには、まず実際にジェンダーバッシングの現状について仮想社会、現実社会ともども分析する必要があるといえる。

*1:象徴的な事柄に、日本ではWWWの流行の『悪影響』として、インターネットが専ら情報検索のためのシステムであるかのような『誤解』も発生している、ということがあげられる